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全体最適を担えなかった理由

IT組織

はじめに

多くの企業で、情報システム部門(情シス)には「部門最適ではなく全体最適を見てほしい」「ツールやシステムを横断して整理してほしい」「会社全体のITを俯瞰してほしい」といった期待が寄せられます。しかし現実には、部門ごとにシステムが分断され、SaaSやツールが乱立し、誰も全体を把握していない状態が常態化しています。本稿では、この問題を「能力不足」や「視野の狭さ」といった個人論に帰着させるのではなく、経営判断と権限設計の構造的な問題として整理し、IT戦略の根本的な課題を考察します。

全体最適には「全体を決める権限」が必要である

まず、極めて基本的な前提を確認します。全体最適を担うには、全体を決める権限が必要です。全体最適とは、ある部門の要望を却下したり、短期的な不便を受け入れさせたり、既存投資を捨てる決断をしたり、会社としての優先順位を決めたりする判断を含みます。これらは調整ではなく意思決定であり、本来は経営の専権事項です。

情シスには「責任」だけが渡された

日本企業において、情シスはしばしば「全社ITの安定稼働」「セキュリティ事故の防止」「システム全体の整合性」といった結果責任を期待されてきました。しかし一方で、部門ITを止める権限、投資を差し戻す権限、優先順位を変更する権限は与えられていません。つまり情シスは、全体最適の責任を負わされながら、全体を決める権限を持たないという、構造的に矛盾した立場に置かれていたのです。

部門最適を止められないのは、当然である

事業部門は当然ながら自部門の成果を最大化しようとし、スピードを優先したい、すぐに使えるツールを入れたい、自分たちで意思決定したいと考えるものです。これ自体は合理的であり、非難されるものではありません。問題は、それを止める主体が組織上存在しなかった点にあります。情シスは調整役にはなれても、「それは全社としてやらない」「こちらを優先する」と決める立場ではなかったのです。結果として、部門最適は合理的に積み上がり、全体最適は誰も担わないまま残されました。

全体最適は「期待」だけで実現しない

「全体を見て動いてほしい」「俯瞰的な視点を持ってほしい」といった言葉がよく使われます。しかし、期待や姿勢だけでは全体最適は実現しません。全体最適とは、以下の要素がセットで設計されて初めて成立するものです。

  • 全体最適とは、権限
  • 責任
  • 評価

情シスに対して権限は与えず、評価は安定・コストに限定し、それでいて全体最適を期待するという設計は、論理的に破綻しています。

なぜ経営は、この役割を担わなかったのか

本来、全体最適を設計し、部門間の優先順位を決めるのは経営の役割です。しかし多くの企業では、ITを戦略設計(DX)の対象と見なさず、部門ごとの案件として扱い、調整を情シスに委ねました。その結果、経営が担うべき統合判断の空白が生まれました。情シスは、その空白を埋めることを期待されたものの、権限も評価も与えられなかったのです。

おわりに

「全体最適を担えなかった理由」は、情シスの視座や努力の問題ではありません。それは、全体を決める責任を経営が放棄し、その役割を情シスに期待だけした結果です。全体最適を実現したいのであれば、「誰が全体を決めるのか」「何を基準に優先順位を付けるのか」「その判断をどう評価するのか」を、経営自らが設計し直す必要があります。IT投資やIT組織のあり方を根本から見直さない限り、情シスは合理的に「全体最適を担えない組織」であり続けるでしょう。

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