はじめに
日本企業において、情シスの限界やIT分断が語られるとき、しばしば「CIO(最高情報責任者)を置けばよい」「権限あるITトップを立てれば変わる」「経営とITをつなぐ役割が必要だ」という解決策が提示されてきました。実際、多くの企業でCIOが設置されてきたものの、現実にはCIOがいてもITは変わらないケースが後を絶ちません。CIOが調整役に終わったり、個人に負荷が集中したりするのです。本稿では、なぜCIOは構想された役割を果たせなかったのかを、個人の資質ではなく役割設計と経営構造の観点から整理します。
CIOは「何でも屋」として設計された
多くの企業でCIOに期待された役割は、IT戦略の策定、基幹システムの安定運用、セキュリティ統制、ベンダーコントロール、DX推進、事業部門との調整など、すべてを含んでいました。これは冷静に見れば、単一の役割としては成立しない過剰な期待です。CIOは、経営の一部でありながら情シスの延長でもあり、さらに変革の旗振り役という、矛盾した役割を同時に背負わされたのです。
CIOに「決める権限」が渡されなかった
形式上CIOが置かれていても、実態は投資判断を経営会議が握り、事業優先順位を事業部が決め、人事評価や組織設計は別ラインが行う、というケースが多く見られます。この状態でCIOにできるのは、調整し、説明し、落としどころを探すことだけです。権限なきCIOは、構造上「機能しない」のであり、これは個人の問題ではありません。
CIOに期待されたのは「統合」ではなく「後処理」
本来CIOに期待されるべきだった役割は、事業・組織・ITを横断した統合設計や、捨てる判断を含む全体最適の実現です。しかし実際には、部門ごとに決まったITをどうにかつなぎ、大きな問題を起こさずに回すという、後工程の整理役として期待されることが多かったのです。統合を任せたのではなく、統合できなかった結果を押し付けた、という方が実態に近いと言えるでしょう。
CIOは「経営の代行」を求められていた
これまで見てきた通り、ITの目的定義、投資の是非、優先順位の決定は、本来、経営の仕事です。しかし多くの企業では、その判断をCIOに肩代わりさせようとしました。結果としてCIOは、「経営ではないが、経営と同等の判断を求められる」という、成立し得ない立場に置かれることになったのです。
海外のCIOと決定的に違う点
海外企業のCIOが機能しているように見えるのは、CIOが経営メンバーであり、事業設計とIT設計が分離されておらず、判断権限が明確に委譲されているからです。肩書きが同じでも、役割の前提条件がまったく違います。日本企業がCIOを導入しても機能しなかったのは、権限、責任、判断範囲を変えないまま、肩書きだけを輸入したからだと言えます。
CIOが機能しなかった本当の理由
CIOが機能しなかった理由を一言で言えば、「経営が担うべきITの意思決定を、CIOに押し付けたから」に尽きます。CIOは、経営判断の代替装置ではありません。分断された構造を魔法のように統合する存在でもないのです。CIOが機能するかどうかは、経営が何を引き取り、何を委ねるかを先に定義しているかどうかで決まります。
おわりに
「CIOはなぜ機能しなかったのか」という問いは、CIOという役職が不要だったのかを問うものではありません。本質的な問いは、「経営は、ITに関するどの判断を自ら担う覚悟があったのか」です。この問いに答えない限り、CIOを置いても、CDOを置いても、新しい役職を増やしても、結果は変わりません。CIOが機能する条件は一つしかありません。それは、経営自身が、ITを経営判断の中核に置くことです。それがないCIOは、構造的に機能しないのです。

