はじめに
ITがうまく機能しなかった原因は、技術の選択や現場の努力不足ではなく、経営が「何を最適化するのか」を定義しなかったことにあります。本稿では、ITの目的関数を定義し直すことが、なぜ経営の責任であり、他の誰にも委ねられないのかを整理します。
目的関数を定義するとはどういうことか
目的関数を定義するとは、「何を成功とみなすのか」「何を犠牲にしてよいのか」「どの判断を優先するのか」を明確にすることです。これは単なる目標設定ではなく、組織全体がどの軸で判断するかを固定する行為です。
IT戦略において目的関数を定義するとは、例えば「成長速度を最優先するのか」「再現性を重視するのか」「安定性を守るのか」を選び、その選択に責任を持つことを意味します。
なぜ目的関数は現場では定義できないのか
現場は、目の前の成果や与えられたKPI、現実的な制約の中で判断します。そのため、「何を捨てるか」「どこまで割り切るか」「将来のために今を犠牲にするか」といった、組織全体に影響するトレードオフの選択を現場に委ねることはできません。目的関数の定義は、経営だけが引き取れる判断なのです。
なぜIT部門に任せてはいけないのか
IT部門の役割は、技術的に可能な選択肢を示し、リスクを説明し、実装方法を検討することです。しかし、「どの事業に賭けるのか」「どの速度で成長するのか」「どのリスクを受け入れるのか」を決める権限は持っていません。ITの目的関数をIT部門に委ねることは、経営判断を組織の外に追い出すことに他なりません。
定義されなかった結果として起きたこと
目的関数が定義されないままIT投資やシステム導入が進むと、以下のような状態が生まれます。
- 部門ごとに最適化軸が異なり、統合が困難になる
- 投資判断が場当たり的になり、リターンが見えなくなる
- 成功も失敗も検証できない
これは誰かの能力不足ではなく、定義を行わなかった経営判断の帰結です。
目的関数は一度決めれば終わりではない
重要なのは、目的関数は固定不変ではないという点です。事業フェーズ、組織規模、市場環境によって、最適化すべき対象は変わります。経営の責任とは、「いつ」「どの目的関数に切り替えるのか」を、明示的に更新し続けることです。
目的関数を言語化するという行為
目的関数を定義するとは数式を書くことではありません。「なぜ今は速度を優先するのか」「どこから再現性を重視するのか」「安定性を主軸に戻す条件は何か」を、言葉として組織に共有することです。この言語化がない限り、ITは単なる「便利な道具」「コスト」「管理対象」に引き戻され、DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質から遠ざかってしまいます。
経営責任とは「決め続けること」
ここで言う経営責任とは、失敗したときに責任を取ることではありません。「何を最適化するのか」を決め、その判断を組織に示し、環境変化に応じて更新し続けることです。ITの目的関数を定義し直すことは、その中核に位置する行為です。
次に進むための前提
ITを再び経営の武器にするために必要なのは、新しいIT戦略でも最新のSaaSツールでもありません。まず必要なのは、経営が目的関数を引き取るという覚悟です。次章では、この覚悟がなかった結果、事業推進の現場でITがどのように暴走していったのかを、事業レイヤーから具体的に見ていきます。

