はじめに
ITやプロダクトの重要性が増すにつれ、「CTOが経営戦略もリードすべきだ」「技術が分かる人が戦略を描くべきだ」といった期待が語られることが増えました。しかし現実には、CTOに戦略を期待するほど、戦略は不在になるという逆説が起きています。本稿では、なぜCTOに戦略を期待すること自体が誤りなのかを、個人能力や役割軽視の話にすり替えず、役割設計と経営構造の観点から整理します。
CTOは「戦略を決める役割」として設計されていない
CTO(Chief Technology Officer)の本来の責務は明確です。それは技術選定、技術的意思決定の妥当性担保、技術負債の管理、そしてプロダクトやシステムの技術的持続性の確保です。つまりCTOは、決められた方向性を、技術として成立させる責任者であり、「何を目指すか」を決める役割ではありません。
戦略とは「技術の話」ではない
戦略とは、本質的に「どの市場で戦うのか」「どの価値に集中するのか」「何を捨てるのか」「限られた資源をどこに配分するのか」という問いへの回答です。これらはすべて経営判断であり、技術判断ではありません。技術は戦略を実現するための手段であって、戦略そのものではないのです。
CTOに戦略を期待すると起きる歪み
CTOに戦略を期待した瞬間、次のような歪みが生まれます。技術的に「できること」が戦略になったり、技術ロードマップが経営方針の代替になったり、プロダクト議論が技術最適化に引き寄せられたりするのです。これはCTOの暴走ではなく、戦略不在の空白を技術で埋めようとする必然的な反応です。結果として、技術的には正しいが、事業的には意味が薄い判断が積み重なっていくことになります。
CTOが戦略を語れる企業との違い
一部の企業では、CTOが戦略を語っているように見えます。しかしそれは、CTOが経営者であったり、創業者がCTOを兼ねていたり、事業と技術が未分離の初期フェーズであったりといった条件が揃っている場合がほとんどです。つまり、CTOが戦略を語っているのではなく、経営者が技術を語っているのであり、この前提を無視して役職としてのCTOに戦略を期待すると、構造は必ず破綻します。
CTOに戦略を期待するのは「経営の空白」を作る
CTOに戦略を期待する構造の最大の問題は、経営自身が戦略を引き取らなくなることにあります。「IT戦略はCTOに、技術の話は専門家に」と委ねた瞬間、経営戦略とIT戦略が分断されます。この分断こそが、これまで見てきたCIO不全や情シス(情報システム部門)の守り化、IT改革の失敗を再生産する原因となるのです。
正しい役割分担とは何か
正しい構造は明確です。経営は「何を目指し、何を捨てるか」という戦略を決めます。一方、CTOはその戦略を技術として成立させ、技術的制約と可能性を明示する役割です。CTOの価値は、戦略を技術で“壊さない”こと、つまり無理な戦略を止め、技術的に持続可能な形に落とすことこそが、本来の役割なのです。
おわりに
「CTOに戦略を期待する誤り」は、CTOを軽視する議論ではありません。むしろ逆で、CTOの価値を最大化するために、戦略を背負わせてはいけないのです。戦略は経営が引き取り、CTOはその戦略を技術として成立させる。この役割分担が明確になって初めて、CIO、CTO、情シスといったIT組織はそれぞれ正しく機能し始めます。戦略を誰に期待するかは、組織がどこで意思決定するかを決める行為であり、その責任は常に経営にあるのです。

