はじめに
ITが経営課題として語られるとき、多くの場合「コストをどれだけ下げられるか」「業務をどれだけ効率化できるか」「どれだけ速く実行できるか」といった問いが暗黙に置かれています。しかし、これらは「ITが何を最適化すべき存在なのか」という問いに対する正面からの答えではありません。本稿では、ITが本来、経営の中で何を最適化するために存在していたのかを、経営視点から再定義します。
ITは最初から「万能最適化装置」ではなかった
まず確認すべきは、ITはすべてを同時に最適化できる存在ではないという事実です。速度、安定性、柔軟性、コスト、再現性といった要素は、互いにトレードオフの関係にあります。ITに問題が生じた多くのケースでは、この前提が無視され、すべてを同時に高水準で実現しようとした結果、どれも中途半端になってしまっています。
本来、最適化されるべきだったのは「判断」だった
ITが最適化すべきだった中核は、処理速度や作業量ではありません。最も重要だったのは、経営判断の再現性と一貫性です。同じ状況では同じ判断が下され、人が変わっても意思決定がブレず、成長しても判断構造が崩れない。ITは本来、このような判断構造を仕組みとして固定化するための存在でした。
なぜ効率化ばかりが語られるようになったのか
ITが「効率化ツール」として語られるようになったのは、その本質ではなく、導入効果が「説明しやすい」「数値化しやすい」「短期成果として示しやすい」という理由からです。結果として、ITは「人を減らす」「手間を減らす」「時間を短縮する」ための装置として評価され、判断や構造を最適化する役割は置き去りにされました。
成長速度・再現性・安定性という三つの目的関数
経営の中でITが担ってきた役割を整理すると、大きく三つの目的関数に分かれます。
- 成長速度を最大化するIT
- 再現性を担保するIT
- 安定性を維持するIT
問題は、これらが経営によって明示的に選ばれず、暗黙の期待として混在し、部門ごとに別々に最適化されたことでした。ITそのものが問題だったのではなく、「何を最適化するのか」を経営が選ばなかったことが混乱の原因です。
ITは「事業を再現する装置」だった
本来のITの価値は、単発の成果を出すことではありません。成功した事業モデルを、人に依存せず何度でも再現できる状態を作ることです。この意味で、ITは事業をスケールさせるための再現装置でした。効率化は、その副次的効果に過ぎません。
なぜ再現性が軽視されたのか
再現性は、短期では成果が見えにくく、設計に時間がかかり、人の工夫を一時的に制約するという性質を持っています。そのため、短期成果を重視する判断の中で後回しにされがちでした。しかし、この選択が属人化や拡張不能、技術的負債を生み、後から大きなコストとして跳ね返ってきます。
最適化すべき対象を誤ると、ITは暴走する
ITが速度だけを最適化すると、現場対応は速くなるが全体構造は壊れます。一方で、安定性だけを最適化すると、変化に耐えられなくなります。これらは全て、最適化対象を誤った結果です。ITは、経営が選んだ目的関数しか最適化できません。
第II章の出発点として
ここまでの整理から導かれる結論は明確です。ITは、コストを下げる存在でも便利な道具でもなく、「経営判断を再現可能な構造として固定化する存在」であるべきでした。次稿ではこの視点をさらに掘り下げ、成長速度を最優先したIT戦略が、なぜ破綻しやすいのかを構造的に検討します。IT投資やDX(デジタルトランスフォーメーション)を成功させるためには、この根本的な問いから始めることが不可欠です。

