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「デジタル人材」は若者だけのものか

IT組織

「デジタル人材」の定義が狭すぎる

日本農業新聞の論説「デジタル人材の育成 ベテランも積極登用を」は、一見すると農業分野に特化した話題に見える。しかし、この論点はあらゆる業種の経営者に突き刺さる問題をはらんでいる。

「デジタル人材」という言葉を聞いたとき、あなたはどんな人物像を思い浮かべるだろうか。多くの経営者は「若い」「プログラミングができる」「クラウドに詳しい」といったイメージを持つ。しかし、この狭い定義こそが、DX推進の最大の障害になっている。

農業新聞の論説は、ベテラン社員の業務知識や現場経験こそがデジタル化の成功に不可欠だと指摘する。これは農業だけでなく、製造業、物流、小売り、サービス業すべてに当てはまる。

なぜベテランをデジタル化から遠ざけてしまうのか

多くの企業で見られる光景がある。DX推進プロジェクトを立ち上げるとき、メンバーに選ばれるのは20〜30代の社員ばかり。50代以上のベテランは「デジタルがわからないから」という理由で外される。

この判断は一見合理的に見える。しかし、この構造が生む問題は想像以上に深刻だ。

デジタル化の本質は「業務をシステムに置き換える」ことではない。業務の本質を理解し、それをどうデジタルで再現・改善するかを設計することだ。現場の暗黙知や例外処理、顧客との関係性を熟知しているのは、長年現場を支えてきたベテラン社員に他ならない。

彼らをプロジェクトから排除すれば、設計されたシステムは現場の実態と乖離する。結果として「使われないシステム」が生まれる。これは筆者が数多くのクライアントで見てきた典型的な失敗パターンだ。

セキュリティ運用にも「経験値」が効く

キーマンズネットの記事「担当者1000人に聞いた『スムーズなセキュリティ運用』ができている条件とは」は、この問題を別の角度から照らし出す。

記事では、スムーズなセキュリティ運用の条件として「現場とのコミュニケーション」が挙げられている。セキュリティポリシーを形だけ作っても、現場が理解し実践できなければ意味がない。

ここで重要なのは、ベテラン社員の「現場との関係構築力」だ。彼らは長年の付き合いの中で、各部署の事情や人間関係を理解している。このネットワークを活用すれば、セキュリティルールの浸透は格段にスムーズになる。

筆者が関わったある製造業の事例では、55歳の工場長が自らセキュリティ勉強会の講師役を買って出た。彼は現場の言葉で「なぜこのルールが必要か」を説明できたため、現場の納得感が高まり、インシデント発生率が半年で半減した。

若手のIT担当者がいくら正論を述べても、現場の信頼を得るには時間がかかる。そこにベテランの「経験値」が生きる。

「ベテラン不要論」が招く3つのリスク

経営者が「デジタル人材=若手」と決めつけることには、以下のリスクがある。

リスク1:属人化した暗黙知が継承されない

ベテランが持つ「あの取引先は月末に発注が集中する」「この製品は季節変動が大きい」といった知識は、マニュアル化されていないことが多い。彼らがデジタル化プロジェクトに関与しなければ、こうした暗黙知はシステムに反映されず、属人化したまま残る。

結果として、ベテランが退職した後にシステムが機能しなくなる。これは多くの企業で起きている「ITの断絶」の一因だ。

リスク2:デジタルリテラシーの二極化が進む

ベテランをデジタル化から遠ざければ遠ざけるほど、彼らのリテラシーは向上しない。すると「自分には関係ない」という意識が強まり、さらに距離が開く。この悪循環を断ち切るには、最初の一歩で彼らをプロジェクトに巻き込むしかない。

ある物流企業では、50代のドライバーに配車システムの改善プロジェクトに参加してもらった。彼らが提案した「現場の声」を反映した結果、配車効率が15%向上した。同時に、参加したドライバー自身がシステムの使い方を他のメンバーに教えるようになり、自然とリテラシーが向上した。

リスク3:組織全体のデジタル化スピードが鈍る

ベテランを排除したプロジェクトは、現場の抵抗に遭いやすい。「現場を知らない若造が勝手なシステムを入れた」という反発が生まれ、導入後の定着に時間がかかる。

一方、ベテランがプロジェクトの顔になることで、現場の納得感は大きく変わる。「あのベテランが言うなら」という信頼が、導入スピードを加速させる。

経営者ができる「ベテラン×デジタル」の実装方法

では、具体的にどうすればいいのか。筆者が推奨するのは以下の3ステップだ。

ステップ1:デジタル人材の定義を拡張する

「デジタル人材=ITに詳しい人」ではなく、「デジタルを使って業務を改善できる人」と定義し直す。ITスキルは後から習得できる。重要なのは「業務を理解しているかどうか」だ。

この定義変更を経営自らが宣言し、評価制度にも反映させる。例えば、デジタル化プロジェクトへの参加を昇進の条件にするのも一案だ。

ステップ2:年齢ではなく「役割」でチームを組む

プロジェクトチームを組むとき、年齢や役職ではなく「業務知識」「ITスキル」「人間関係力」といった役割でメンバーを選ぶ。ベテランには「現場の声を代弁する役割」を、若手には「技術の実装役」を任せる。

この役割分担が明確だと、互いの強みを活かせる。ベテランが「これは現場で通用しない」と指摘し、若手が「ではこういう技術で解決できます」と提案する。この協業が、現場に根ざしたデジタル化を生む。

ステップ3:小さな成功体験を積み重ねる

ベテランにとって、デジタルツールは「怖いもの」だ。最初から大規模なシステム導入を目指すのではなく、彼らが日常的に使う小さなツールから始める。

例えば、紙の報告書をGoogle Formsに置き換える。Excelの手入力作業を、Zapierで自動化する。こうした小さな成功体験が、ベテランの「デジタルに対する苦手意識」を解消する。

筆者のクライアントでは、58歳の経理部長が「Freeeで請求書処理が楽になった」と自ら社内勉強会を開いた事例がある。最初は半信半疑だった彼が、自ら推進役になった瞬間だ。

「経験×IT」が経営の再現性を高める

内田洋行ITソリューションズが「デジタル化・AI導入補助金2026」のIT導入支援事業者に認定されたニュースや、中小物流向けに最大3000万円の補助金が発表されたニュースも、同じ文脈で読むべきだ。

補助金を使えばツールは導入できる。しかし、そのツールを現場で使いこなせるかどうかは、人の問題に帰着する。特に中小企業では、外部の支援事業者に任せきりにするのではなく、自社のベテランを巻き込んだ内製化の視点が不可欠だ。

ベテラン社員の「現場を熟知した経験値」と、若手の「デジタルネイティブな発想」を組み合わせる。これこそが、経営の再現性を高める「経営IT」の実装であり、単なるツール導入で終わらない真のDXだ。

経営者は「デジタル人材」の定義を今すぐ見直すべきだ。あなたの会社にいるベテラン社員は、実は最も貴重なデジタル人材かもしれない。

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