障害ゼロが最大評価になる理由
多くの日本企業において、情シスの評価基準は極めて明快です。システムを止めないこと、障害を起こさないこと、大きなトラブルを発生させないこと。これらは一見すると妥当であり、否定しづらいものです。
しかし問題は、それが「最大評価」になってしまっている点にあります。本稿では、なぜ情シスは「障害ゼロ」で最も評価される構造になったのかを、個人能力や意識の問題ではなく、経営判断と役割定義の因果として整理します。
第1章
障害ゼロは、本来「最低条件」である
工場の稼働
毎日稼働することは当然の前提条件です
経理の決算
決算を締められることは基本業務です
ITの安定稼働
止まらないことは「できていて当然」の領域です
システムの安定稼働は、本来評価対象ではなく、前提条件です。工場が毎日稼働すること、経理が決算を締められることと同じく、ITが止まらないことは「できていて当然」の領域です。
本来であれば、その上で事業に何をもたらしたか、経営判断にどう寄与したか、将来の選択肢をどれだけ広げたかが評価されるべきでした。それにもかかわらず、なぜ「止めなかったこと」自体が最大評価になったのでしょうか。
第2章
経営がITに期待した役割は「安定」だけだった
その理由は単純で、経営がITに他の役割を与えなかったからです。情シスが組織化された当初、経営がITに求めていたのは次の一点でした。
既存業務を、正確に、安定的に回すこと
この定義のもとでは、ITは事業を変える存在ではなく、経営判断を支える主体でもなく、投資リターンを議論する対象でもありません。単なる「業務インフラ」に過ぎないのです。
結果として、経営がITに対して持つ問いは、常に「ちゃんと動いているか?」となります。この問いしか投げられていない以上、評価指標も「動いている/止まっていない」に集約されます。
ITの本来の役割定義
事業を変える存在
ビジネスモデルの変革を支援し、新しい価値創造を可能にする
経営判断を支える主体
データに基づく意思決定を実現し、戦略的選択肢を提供する
投資リターンを生む対象
競争力の源泉として、測定可能な価値を創出する
第3章
定義できないものは、評価できない
測れないもの
  • IT投資がどの意思決定を可能にしたのか
  • どの属人性を排除したのか
  • どの将来コストを下げたのか
こうした問いは、そもそも設計されていません。
測れるもの
  • 稼働率
  • 障害件数
  • ダウンタイム
これらは数値化しやすく、説明しやすく、責任追及もしやすいものです。
経営がITを競争力、成長速度、再現性といった観点で定義していなかったため、これらを測る指標も存在しませんでした。結果として、測れるものだけが評価されます。評価が「障害ゼロ」に収束するのは、自然な帰結だったのです。
第4章
障害ゼロ評価が生む、行動の固定化
評価指標は、組織の行動を規定します。障害ゼロが最大評価である限り、情シスの合理的行動は次のようになります。
変更を極力避ける
リスクを最小化するため、現状維持を優先します
新しい技術や構成を嫌う
未知のリスクを避け、実績のある方法を選択します
事業側からの要求に慎重になる
変更要求を精査し、安全性を最優先します
短期的な安定を優先する
長期的な改善よりも、目の前の安定を選びます
合理的な行動の帰結
これは「保守的だから」ではない
そう振る舞うことが、最も評価されるからである
この構造の中で、情シスに「攻めろ」「変革を支えろ」「事業に貢献しろ」と求めるのは、評価設計と期待役割が矛盾しています。
組織は評価される行動を取ります。障害ゼロが最大評価である限り、リスク回避と現状維持が最適解となるのは必然です。個人の意識や能力の問題ではなく、システムの設計がそうさせているのです。
第5章
障害ゼロが"最大評価"である限り、変革は起きない
問題の本質
「障害ゼロ」という指標そのものが悪いわけではありません
真の課題
それしか評価軸が存在せず、それが最大評価になっていることです
経営がもしITを事業の再現性を作る装置、意思決定を拡張する基盤、将来の選択肢を増やす投資として定義していれば、評価軸は必ず変わっていました。
しかしその定義を行わなかったため、安定していることだけが、唯一の価値として残ったのです。
変革に必要な再定義
事業の再現性を作る装置
属人性を排除し、ビジネスプロセスを標準化・自動化することで、スケーラブルな成長を実現します
意思決定を拡張する基盤
データドリブンな経営判断を可能にし、戦略的選択肢を広げる情報基盤を提供します
将来の選択肢を増やす投資
技術的負債を解消し、新しいビジネスモデルへの適応力を高める戦略的投資です
評価を変えたいのであれば、まず変えるべきは組織、人事、掛け声ではありません。ITを何として扱うのか、という経営の定義です。
結論
おわりに
「障害ゼロが最大評価になる理由」は、情シスの意識や能力の問題ではありません。それは、経営がITに与えた役割定義の、極めて誠実な反映です。

この一点を回収しない限り、情シスの評価も行動も、合理的に変わることはない
評価を変えたいのであれば、まず変えるべきは組織、人事、掛け声ではありません。ITを何として扱うのか、という経営の定義。この一点を回収しない限り、情シスの評価も行動も、合理的に変わることはないのです。
変革は、評価指標の変更から始まるのではなく、ITの役割定義の再設計から始まります。経営がその定義を明確にした時、初めて情シスは「障害ゼロ」を超えた価値創造の主体となることができるのです。