なぜIT失敗は責任追及されないのか
多くの企業で、ITプロジェクトの失敗は珍しいものではありません。計画超過、期待未達、現場の疲弊といった結果が繰り返されているにもかかわらず、その失敗が明確に責任追及されることはほとんどありません。
本稿では、なぜIT失敗だけが例外的に責任追及されないのかを、個人の能力や姿勢の問題ではなく、経営判断と意思決定構造の問題として整理します。
失敗しても「誰の判断か」が分からない
IT失敗が責任追及されない最大の理由は、失敗時点で次の問いに答えられないことにあります。
誰がこの判断を下したのか
意思決定者が明確でないため、責任の所在が不明瞭になります。
どの前提に基づいて決めたのか
判断の根拠となった前提条件が文書化されていません。
何を成功と定義していたのか
成功基準が曖昧なまま、プロジェクトが進行します。
これらが明文化されていないため、失敗は常に「想定外だった」「環境が悪かった」「技術的に難しかった」という説明に回収されます。責任を問う以前に、責任の置き場所が存在しないのです。
ITだけが「判断なき実行」で進んできた
他の経営領域
多くの経営領域では、実行の前に判断があります。
  • 投資には意思決定がある
  • 事業撤退には決断がある
  • 組織再編には責任者がいる
IT領域の現実
一方ITでは、判断を経ない実行が積み重なってきました。
  • 現場の要請
  • 技術的な必然性
  • 既存システムの制約
その結果、失敗しても「判断ミス」として検証されることがありません。判断が存在しないため、検証の対象にもならないのです。
委任と放棄が責任を曖昧にした
「ITは専門家に任せるべきだ」という考え方は、責任構造にも大きな影響を与えました。
1
経営層
専門性を理由に判断を引き取らない
2
専門家
経営判断の代行を期待される
3
現場
制約条件の中で対応する
この状態では、失敗は常に「誰かの努力不足」や「不運」として処理され、経営判断として検証されることがありません。委任は本来、責任の移転を伴うべきですが、IT領域では責任だけが宙に浮いた状態になっています。
失敗が構造ではなく事象として扱われる
表面的な事象
IT失敗は次のような事象として語られがちです。
  • スケジュール遅延
  • コスト超過
  • トラブル発生
本質的な構造
しかし本来問うべきなのは、構造の問題です。
  • なぜその前提を置いたのか
  • なぜ止める判断ができなかったのか
  • なぜ統合的に設計されなかったのか
構造に踏み込まない限り、責任追及は成立しません。事象の記録だけでは、次の失敗を防ぐことはできないのです。
責任追及しないことが合理的だった時代
IT失敗が責任追及されなかった背景には、経営にとっての合理性も存在していました。
技術変化の速さ
技術変化が激しく予測不能だったため、失敗を個人の責任とすることが困難でした。
因果の複雑性
失敗の因果を説明しづらく、明確な責任者を特定できませんでした。
人材確保の懸念
責任を問うと誰もITを引き受けなくなるという恐れがありました。
その結果、ITは「失敗しても仕方がない領域」として扱われるようになります。この暗黙の了解が、長年にわたって組織文化として定着してきました。
その結果、何が起きたのか
責任が追及されない構造の中で、次のような現象が固定化されました。
同じ失敗の繰り返し
学習機会がないため、類似の失敗が何度も発生します。
判断プロセスの不在
意思決定の記録が残らず、ノウハウが蓄積されません。
再現性の欠如
成功も失敗も再現できず、偶然に依存します。
これは、IT部門やベンダーの問題ではありません。経営が判断を引き取らなかった結果です。組織全体の構造的な課題として認識する必要があります。
責任を問うとは、誰かを責めることではない
重要なのは、責任追及=個人攻撃ではないという点です。
本来の責任追及とは、次のことを明らかにする行為です。
01
判断の検証
どの判断が誤っていたのかを特定します。
02
前提の見直し
どの前提が間違っていたのかを分析します。
03
改善の方向性
次にどう変えるべきかを明確にします。
それが行われない限り、組織は学習できません。責任追及は組織の成長のために不可欠なプロセスなのです。
次に必要なこと
IT失敗を繰り返さないために必要なのは、失敗の責任を現場に押し付けることでも、新しい管理ルールを増やすことでもありません。
1
意思決定主体の明確化
ITを判断した主体を明確にすることが第一歩です。誰が何を決めたのかを記録に残します。
2
判断と結果の結合
判断と結果を結びつけて検証することで、組織の学習サイクルを構築します。
これらの実践により、IT領域における責任構造を再構築し、持続的な改善を可能にします。経営判断としてITを扱う文化を醸成することが重要です。
次稿への展開
本稿では、IT失敗が責任追及されない構造的な理由を整理しました。この責任不在の構造は、IT領域特有の問題として始まりましたが、やがてより広範な影響を及ぼすようになります。
次稿では、経営戦略とIT戦略が並列になる瞬間を取り上げ、この責任不在構造がどのように拡張していったのかを扱います。
IT戦略が経営戦略から独立して語られるようになったとき、何が起きたのか。そして、それが組織全体の意思決定構造にどのような影響を与えたのか。次回はこの問いを深掘りしていきます。