成長期にITが壊れ始める理由
多くの企業で、ITの問題が表面化するのは「成長が止まったとき」ではありません。事業が伸び、人も増え、売上も過去最高を更新している、まさに成長期の最中に、ITは壊れ始めます。
第1章
壊れるのは「システム」ではなく「前提」
成長期に起きるITトラブルは、障害が増える、改修が遅れる、全体が分からなくなるといった形で現れます。しかし実際に壊れているのは、コードやインフラそのものではありません。
成長初期に置かれた前提条件が、今の規模に耐えられなくなっているのです。これは技術の問題ではなく、設計の前提が変化に追いついていないという構造的な問題なのです。

重要なポイント
壊れているのはシステムではなく、成長初期の前提条件です。
設計の前提
初期のITは「少人数前提」で作られている
限られた人数
少数精鋭のチームで運用できる規模を想定
限られた業務量
処理できる取引量や業務フローが限定的
限られた例外
イレギュラーケースは人が対応可能な範囲
立ち上げ期のITは、限られたリソースを前提に設計されています。この前提のもとでは、人が判断し、人が調整し、人が例外を吸収することが最も速く、合理的でした。しかし、この設計思想は成長とともに限界を迎えます。
成長によって例外が爆発的に増える
事業が成長すると、顧客属性が多様化し、取引パターンが増え、組織・拠点が増えていきます。その結果、例外処理の総量が指数関数的に増加します。
人で吸収していた例外が、もはや人では処理しきれなくなります。これが成長期のITトラブルの本質です。
危機の兆候
変更コストが突然跳ね上がる
初期段階
少し直せば動く、夜間対応でなんとかなる
成長期
影響範囲が読めない、修正が怖くなる
限界点
触るたびに壊れる、全体が不安定化
これは、再現性と境界が設計されていないITの必然的帰結です。成長初期には簡単だった変更が、成長期には高リスクな作業へと変わっていきます。
技術的負債は「成長の証」でもある
成長期に顕在化する技術的負債は、サボった結果でも技術選択の失敗でもありません。それは、成長速度を最優先するという経営判断の副作用です。
問題は、その副作用をいつ回収するのか、誰が判断するのかを決めていなかったことにあります。
技術的負債の本質
スピードを優先した結果として生まれる、将来への投資の先送り
経営判断の副作用
成長を加速させるために、意図的に選択された設計上のトレードオフ
認識のギャップ
ITは「成長を止める存在」に見え始める
「ITがボトルネックになっている」
「ITが遅い」
「ITが足を引っ張っている」
この段階に入ると、事業側からはこのように見えます。しかしこれは、ITが劣化したからではありません。成長フェーズが変わったにもかかわらず、設計が更新されなかったのです。
問題の本質は、ITの能力不足ではなく、設計の前提と現実のギャップにあります。
経営判断として何が欠けていたのか
01
前提の有効期限
いつまで初期前提で走るのか
02
設計の切り替え時期
どこで設計を切り替えるのか
03
責任の所在
その判断を誰が引き取るのか

核心的な問題
壊れたのはITではなく、判断の不在です。
成長期にITが壊れ始める最大の理由は、これらの重要な判断を経営が明示しなかったことにあります。技術的な問題ではなく、マネジメントの問題なのです。
時間の罠
「今は仕方ない」が常態化する瞬間
今は忙しいから
目の前の業務を優先
成長が落ち着いたら
将来への先送り
次のフェーズで
具体性のない約束
この段階では、これらの言葉が繰り返されます。しかし、成長期が終わる前に設計を更新するタイミングは訪れません。
その結果、問題が慢性化し、負債が積み上がり、全体を作り直す以外なくなるという状態に追い込まれます。
次に問うべきこと
間違った問い
なぜITが壊れたのか
正しい問い
どの前提で作られたITを、どのフェーズまで使うと決めていたのか
ここで問うべきは、なぜITが壊れたのかではありません。問うべきは、どの前提で作られたITを、どのフェーズまで使うと決めていたのかです。

次稿では、ツール導入が止まらなくなる構造を取り上げ、成長期の場当たり対応が、なぜITをさらに複雑化させていくのかを見ていきます。