ITはいつから「コスト」になったのか
多くの経営者にとって、ITは無意識のうちに「コスト」として扱われています。IT投資は抑制対象であり、削減余地が問われ、成果は財務諸表上に見えにくいものとされがちです。
しかし、ITは当初からコストとして扱われてきたわけではありません。本稿では、ITがいつ、どのような経営判断を経て「コスト」へと位置づけられていったのかを、経営の評価構造・意思決定構造という視点から整理します。
当初、ITは「投資対象」だった
企業にITが本格的に導入され始めた当初、ITは明確に「投資」として扱われていました。人手では不可能な処理能力、事業規模を拡張するための基盤、生産性を飛躍的に高める装置として認識されていたのです。
これらはすべて、将来のリターンを見込んで資本を投下する対象でした。つまりITは、事業成長を支える戦略資産として認識されていたのです。
処理能力
人手では不可能な規模の処理を実現
事業基盤
規模拡張を支える戦略的インフラ
生産性向上
飛躍的な効率化を実現する装置
投資判断が難しくなった瞬間
ITが投資として扱われなくなった転換点は、技術の高度化そのものではありません。決定的だったのは、経営がITの成果をどの指標で評価すべきかを定義できなかったことです。
売上に直結しない
ITの効果が財務指標に明確に表れず、投資対効果の測定が困難になりました。
成果が分解できない
複雑なシステムの貢献度を個別に切り分けることができず、評価が曖昧になりました。
効果が長期に分散する
短期的な成果が見えにくく、経営判断の時間軸と合わなくなりました。
これにより、ITは投資判断の土俵から外れ、「説明しづらい支出」として扱われ始めます。
会計処理が意味を固定化した
評価できない支出は、やがて会計処理上も単純化されていきます。費用として一括処理され、減価償却の意味が理解されず、将来価値より当期利益が優先されるようになりました。
こうして、ITは財務上も「コスト」として可視化されるようになりました。重要なのは、会計がITをコストにしたのではなく、経営が意味を定義できなかった結果、会計に回収されたという点です。
1
評価困難
成果指標の不在
2
会計処理
費用として単純化
3
コスト化
意味の固定化
ITが「削減対象」になった理由
コストとして扱われた瞬間から、ITは次のような評価を受けるようになります。できるだけ減らしたい、安定していれば十分、失敗しなければ評価されない。この評価構造の中では、ITは価値を生む装置ではなく、抑制すべき固定費として認識されます。
攻めのIT
現場判断に委ねられ、戦略的な統合が失われました。
守りのIT
管理部門に閉じ込められ、事業との連携が断たれました。
統合的設計
誰も担わない状態となり、分断が進行しました。
コスト化が生んだ意思決定の歪み
ITがコストになると、意思決定は次のように歪みます。投資判断が短期化し、目的より金額が先に問われ、本来必要な設計が後回しにされます。
結果として、ITは「安く導入し、高く運用する」構造に陥ります。これは、ITの問題ではありません。経営が価値定義を放棄した結果、生まれた構造的帰結です。
1
投資判断の短期化
長期的視点の喪失
2
金額優先の判断
目的の軽視
3
設計の後回し
構造的問題の発生
海外企業との違いはどこにあったのか
海外企業が常にIT投資に成功しているわけではありません。それでも決定的に異なる点は、ITを事業設計の一部として扱ってきたこと、ITを価値創出プロセスに組み込んできたことです。
事業設計の一部
ITを経営戦略と一体化させ、切り離せない要素として位置づけています。
価値創出プロセス
ITを通じた価値創造の仕組みを明確に設計しています。
経営の言語化
ITが「コスト」になる前に、何のためのITかを経営が言語化していました。
ITは本当にコストなのか
ITがコストに見えるのは、それが価値を生まないからではありません。価値を生む前提が設計されていない、成果を測る指標が定義されていない、意思決定の主体が存在しない。これらが重なった結果、ITはコストとしてしか認識できなくなりました。
0%
価値設計
前提の不在
0%
成果指標
定義の欠如
0%
意思決定
主体の不在
次に問うべきこと
重要なのは、ITを再び「投資」に戻すことではありません。まず必要なのは、ITは何を生み出すための存在なのか、経営はどの価値をITに託すのかを定義し直すことです。
存在意義の定義
ITは何を生み出すための存在なのかを明確にします。
価値の委託
経営はどの価値をITに託すのかを言語化します。
構造の再設計
評価と意思決定の仕組みを根本から見直します。
次稿への展開
次稿では、ITが経営会議に出てこなくなった理由を掘り下げ、このコスト化がどのように固定化されたのかを検討します。
経営判断の構造、組織の意思決定プロセス、そして評価制度がどのようにITの位置づけを変容させたのか。その本質的なメカニズムに迫ります。
1
経営会議からの消失
2
固定化のメカニズム
3
構造的要因の解明