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情シス問題の本当の責任主体
情シスを巡る議論では、「スキル不足」「事業理解が弱い」「守りに入りすぎている」といった結論に落ち着くことが多いです。しかし、こうした指摘が何度繰り返されても、情シス問題は解消されてきませんでした。
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第1章
なぜ必ず「現場の問題」になるのか
情シスに関する問題提起は、高い確率で次の方向に収束します。
人材育成が必要だ
意識改革をしなければならない
スキルを高めるべきだ
これは、情シスが特別に問題を抱えた組織だからではありません。
責任主体を構造に置かない限り、問題は必ず個人に回収される
からです。
構造の問題
構造や意思決定を問わずに問題を語ろうとすると、説明可能な対象は目に見える人と日々対応している現場しか残りません。
第2章
情シスは「決めなかった主体」ではない
目的の不在
ITの目的を定義せず
投資判断の欠如
投資判断を持たず
権限の不在
優先順位決定権も与えられず
この状態で情シスにできることは、
決められたことを、事故なく、安定して回すこと
だけです。つまり情シスは、判断を放棄した主体でも、責任を回避した主体でもありません。
そもそも「決める」という役割を与えられていなかったのです。
第3章
本来、誰がITを「決める」べきだったのか
ここで問いを正確に立て直す必要があります。
01
目的の定義
ITは何のために使うのか
02
最適化の対象
何を最適化するのか
03
投資判断
どこに投資し、何を捨てるのか
04
優先順位
部門間の優先順位をどう決めるのか
これらはすべて、
経営判断そのもの
です。ITがどれほど専門的であっても、何を目指し、何を犠牲にするかを決める行為は、経営以外に担い手は存在しません。
第4章
「任せていた」という言葉が隠しているもの
目的を定義し
何を達成すべきかを明確にする
判断基準を示し
意思決定の軸を提供する
権限と責任をセットで渡す
実行力を担保する
経営側からは、しばしば「専門家に任せていた」「情シスに委ねていた」という説明がなされます。しかし、この言葉には重要な前提が欠けています。
重要な指摘
目的・判断基準・権限を渡さずに任せることは、委任ではありません。それを行わずに「うまくやっておいてほしい」と預けることは、
意思決定の放棄
に他なりません。
第5章
なぜ責任は経営に戻らなかったのか
では、なぜこれほど問題が蓄積しても、責任主体は経営に回収されなかったのでしょうか。理由は明確です。
専門性の壁
ITは専門的で難しい
間接的な影響
直接売上を生まない
遅延する影響
失敗しても短期的には致命傷になりにくい
こうした認識のもとで、ITは
経営が直接向き合わなくてもよい領域
として扱われ続けました。結果として、問題が起きるたびに情シス、ベンダー、現場が責任を引き受け、経営構造そのものは温存されました。
第6章
責任主体を誤る限り、問題は再生産される
組織再編
構造を変えても根本は変わらない
人材強化
個人のスキルでは限界がある
ツール刷新
技術だけでは解決しない
問題の再発
形を変えて同じ問題が起きる
情シス問題を組織再編、人材強化、ツール刷新で解決しようとする限り、結果は変わりません。それらはすべて、
本来の責任主体ではない場所に処方箋を出している
からです。
責任主体を正しく置かない限り、問題は形を変えて再発し、同じ議論が繰り返され、現場が疲弊するという循環は止まりません。
真の責任主体はどこにあるのか
経営自身
「情シス問題の本当の責任主体」は、情シスでも、現場でも、ベンダーでもありません。それは、
ITを経営判断の主語に置かなかった経営自身
です。
この結論は、誰かを断罪するためのものではありません。むしろ、ここに責任を回収しない限り、次の一手は存在しないという出発点を示しています。
解決への道
最初に行うべきこと
情シス問題を本気で解消したいのであれば、最初に行うべきことは一つしかありません。
経営が、ITに関する判断責任を自ら引き取ること
それ以外の改革は、すべて対症療法に留まります。
1
現状
責任の所在が不明確
2
転換点
経営が判断責任を引き取る
3
未来
構造的な問題解決
まとめ:構造を変えることから始める
経営の関与
ITを経営判断の中心に据える
明確な責任
判断権限と責任を明確化する
現場の解放
情シスが本来の役割を果たせる環境を作る
情シス問題の解決は、人材やツールの問題ではなく、
経営判断と構造設計の問題
です。経営がITに関する判断責任を自ら引き取ることで、初めて真の変革が始まります。
責任主体を正しく置くことが、すべての改革の出発点となります。