IT投資をどう判断するか
IT投資の議論になると、多くの経営会議で「ROIはどれくらいか」「何年で回収できるのか」「他社はどうしているのか」という問いが繰り返されます。これらは一見、合理的な判断基準に見えますが、実際には、この問いの立て方そのものが、IT投資判断を曖昧にしてきました。
本稿では、経営はIT投資をどう判断すべきなのかを、ROI算定テクニックではなく、意思決定の順序と判断責任の置き場所という観点から整理します。
第1章
IT投資は「ROIが出せない」のではない
投資目的が定義されていない
何のための投資なのかが明確になっていないため、効果測定の基準が存在しません。
何を判断可能にしたいのかが曖昧
投資によって実現したい判断の変化が具体化されていません。
成果の測定単位が設計されていない
どの指標で成果を測るのかが事前に定められていません。
「IT投資はROIが出せないから難しい」という認識は誤解です。実際には、ROIを測れないのではなく、測れるように設計していないことが問題なのです。
第2章
IT投資の判断は「効果」ではなく「判断」から始まる
IT投資を判断する際、最初に問うべきは「どんな効果が出るか」ではありません。最初に問うべきは、この投資によって、どんな判断が可能になるのかです。
判断が速くなるのか
意思決定のスピードが向上し、機会損失を防げるようになります。
判断が揃うのか
組織全体で一貫した判断基準を共有できるようになります。
判断が属人化しなくなるのか
特定の個人に依存せず、組織として判断できる体制が整います。
この問いに答えられない投資は、そもそも経営投資として成立していません。
第3章
IT投資を3つの類型で分けて考える
IT投資が混乱する理由の一つは、性質の異なる投資を同じ基準で評価しようとすることにあります。経営視点でIT投資は、大きく次の3つに分けて考える必要があります。
01
存続のための投資
法令対応、セキュリティ、老朽化対応など
02
再現性を高める投資
判断基準の統一、業務プロセスの構造化など
03
成長を加速させる投資
新規事業、新チャネル、事業拡張など
存続のための投資
特徴
これは、やらないという選択肢が存在しない投資であり、ROIで判断すべきものではありません。
具体例
  • 法令対応システムの導入
  • セキュリティ強化対策
  • 老朽化したインフラの更新
  • コンプライアンス要件への対応

判断のポイント
投資の是非ではなく、どのように実施するかが焦点となります。コストと時期の最適化が重要です。
再現性を高める投資
この投資の成果は、属人性の低下、失敗確率の低下、将来コストの削減として現れます。短期ROIでは測りにくいですが、経営の質を左右する投資です。
判断基準の統一
組織全体で共通の判断基準を確立し、意思決定の質を向上させます。
業務プロセスの構造化
業務の流れを可視化し、再現可能な形で標準化します。
データの意味統一
データの定義と解釈を統一し、組織全体での活用を可能にします。
成長を加速させる投資
これは、不確実性を前提に行う投資です。仮説検証の速度と失敗から学べるかが判断軸になります。
主な投資対象
  • 新規事業立ち上げのためのシステム
  • 新しい販売チャネルの構築
  • 既存事業の拡張基盤
  • イノベーション創出のための環境整備
3x
検証速度
仮説検証のスピードが重要な指標となります
80%
学習効率
失敗から学び、次に活かせる確率
第4章
ROIは「最後に使う指標」である
ROIは不要なのではありません。使う順番が間違っているのです。ROIは、投資目的、判断の変化、成果の測定単位が定義された後に、説明責任を果たすために使う指標です。
投資目的の明確化
何のための投資かを定義します
判断の変化を特定
どんな判断が可能になるかを明示します
測定単位の設計
成果をどう測るかを決めます
ROIの算出
説明責任のために数値化します
ROIから入る投資判断は、意味のない数値と机上の計算を量産します。
第5章
「やらない」という判断もIT投資である
IT投資の判断でもう一つ重要なのは、何をやらないかを決めることです。部門要望を通さない、流行に乗らない、今回は見送る。これらはすべて、経営としての投資判断です。
部門要望の精査
すべての要望に応えるのではなく、全体最適の視点で判断します。
トレンドへの冷静な対応
流行に安易に乗らず、自社にとっての価値を見極めます。
タイミングの見極め
今ではないと判断する勇気も、重要な経営判断です。
この判断を避けた結果、ツールが増え、負債が積み上がり、統合不能になります。
結論
IT投資とは、経営が自らの判断を買う行為
IT投資判断の責任主体は、情シス、CIO、CTOに委ねられるものではありません。IT投資判断の責任主体は、常に経営です。専門家は、選択肢を示し、制約を説明し、リスクを可視化します。しかし、どの判断を引き受けるかを決めるのは経営です。
問うべきこと
どんな判断を、構造として残したいのかを決めること
意味ある投資
その問いに答えられた投資は、金額の大小に関わらず経営投資として意味を持ちます
避けるべきこと
答えられない投資は、どれだけ安くても、高くつきます
IT投資とは、経営が自らの判断を買う行為に他なりません。